夜行バスに揺られながら,Aは明日からの東京での生活に思いを馳せていた.
この日の日中は,大阪で住んでいた部屋の最後の清掃をしていたため,Aは,全身ユニクロの汚れたジャージ姿だ.剃り忘れた髭が,斑な芝生の様に口周りに生えている.Aの前の座席で妻のMは,ノーメイクのママ,口を開けて,心地よさそうに寝ている.彼女の私生活での一人称は,ウチもしくはMeである.
別に今までもラジオもテレビもある生活であったが,これからの東京の生活に一抹の不安を覚える門出だな,と不意にAに思った.普段は洗練されていない私生活になんのコンプレックスも感じないタイプのAも,夜行バスでの独特で余所余所しい雰囲気にアンニュイな気分になったのであった.
幾許かの睡眠をとった後,東京駅前に着いたことを,バス内のチャイムがなりアナウンスが伝えた.
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