2016年3月10日木曜日

暮雲は暗雲

 この日,Aの表情は浮かれなかった.その原因は夕方から行われる大学の研究室の人々で開催される送別会にあった.
 送り出される立場の一人であるAは,送別会では別れの挨拶をする機会が設けられるのだろうと予想し,憂鬱な気分でいた.Aにとって研究室での生活は一概に良かったと思えるものでなく,取り繕う嘘を得意としない性格が挨拶の言葉を見つけさせないでいた.
 
 かつてAはある教授から害悪と連呼され,大学を辞めろとヒステリックに叫ばれたことがある.その時に言い返せなかったことをAは引きずっていた.そして結果的に,その教授の言ったとおりの大学を退学するという選択肢を選んだことに対し,悔しさがあったのだ.

 送別会には件の教授も出席する.別れの挨拶で,彼をギャフンと言わせれないか,Aは良からぬことを考えたり考えなかったりしていた.雨が振りそうな重たい空の下,Aは自転車に乗り送別会の会場へと向かうのであった.

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